| 父親が商売で算盤から電卓を使いはじめた。物心ついたころだから、1970年代のはじめの頃だろう。パチパチの音と同様、手のひらにのせて、ボタンを押し、緑色の蛍光管からでる数字。 不思議だと子ども心に思った。仮面ライダーの変身ベルトのおもちゃよりも強烈な印象をだった。当時のハイテク機械が電卓であった。 その仕組みは子どもではわからなかったが、なぜだろうという好奇心がしだいに自分専用という欲求に変わっていった。 近くの電気店で8桁のメモリなしの買ってもらった。4800円。このころ電卓戦争真っ最中で値段が下がっていた頃のものであった。 |
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計算機の魅力 |
当時、小学生には電卓をもたせると計算能力が落ちるとまでいわれた。算数の教科書には算盤の使い方が載っていたものだ。 電卓1台で何かできないのかと遊んでいるうちに、定数加算機能を使ってカウンタになることを思いついた。それからときどき計算問題の答えあわせもやった。 そのきっかけが現在計算機好きを現在まで続かせている原動力とだろう。概して1960年代生まれは、根底に計算機はなった。パソコンもワープロもゲーム機もなかった。だ からそれに抵抗感を感じる人も多い。ある意味、電卓の不思議さにとりつかれた者たちは計算機の世界にひきこまれていたのだと今でも感じることだ。 |
2001, 2,18