なんで今頃になって。  ぼくはやっと理解した。信じたくなどなかったが現実だった。彼は、もういないんだ。  ぼくは、泣いた。  こんなに、こんなにつらかったんなら、何で俺に言ってくれなかったんだ。俺は、俺はおまえの友達じゃなかったのか。  自分の「命」と「信念」どっちが大事なんだ。信念なんて捨てちまえば良かったんだ。そんなもの持ってなかったらおまえは死なずにすんでいたんだ。  そう考えながらぼくにはわかっていた。彼が信念を持っていなかったとしても、彼は石米という奴が「かわいそうだ」と、言わなかったにちがいないのだから。  やっぱり、優しすぎるおまえが一人で解決しようなんて無謀だったんだ。人の力を借りるべきだったんだ。 「克己も、あなたに持っていてもらうのを一番喜ぶと思います」  彼の母の声が聞こえる。 「あなたのことを話すときだけ克己は明るい表情を見せてくれました。いつからでしょうか、いつも何か考えてる様子で、ほとんど明るい表情を見せなくなっていましたのに。本当にお世話になりました」  我慢できず、最後は声になってなかった。彼女の手にした上品な柄のハンカチはすぐ水に漬かったように濡れてしまった。  ぼくは申し訳なくて、悔しくて、しばらく顔をあげることができなかった。  最初に話を聞いたときに石米という奴を徹底的にやって彼に手を出せないように脅しておけばよかった。そうすれば彼に嫌われていたかもしれないが、少なくとも彼が死ぬことはなかった。生きてさえいれば、生きてさえいれば彼もいつかアンデルセンのように報われていたかもしれないのに。  しかし、もう手遅れなんだ。どんなに後悔しようと、もう手遅れなんだ。  石米が、石米という奴が彼の優しさを、命を食い潰したんだ。  一生自分の犯した罪の重さに苦しみ抜けばいい。それでも足りない。苦しみながらでも生きることができるのだ。生きていればそれをごまかすことも癒すこともできるのだ。  ぼくも、同じなんだ。  彼は、もう苦しむことすらもできないというのに。絶対に救われることはないというのに。  でも、石米は泣いていた。包帯だらけで引っ越しの準備をしていた。かつて学校で彼をいじめていた人間にやられたらしい。彼らはその理由を教師に話さなかったため停学中だそうだ。それまでは彼が「自分でなんとかするから」「かわいそうだから」と必死に止めていたらしい。石米は彼が死んだ後になって初めてそれを知って、泣いていた。  彼の遺書は誰にも見せはしない。それが彼の意思だから。彼は石米を許したのだから。  彼の死の原因は誰にも知らせない。知られたとたん彼の死は汚されるのだ。いつも逃げてた卑怯者達が、当事者でないもの特有の偽善と無責任の言葉を口々にわめき出すから。  ぼくにも、彼のことを語る資格などないのかもしれない。でも。  ぼくと出会ったころの彼の気持ちがやっとわかった。  彼はまだ静かに生きていたかったんだ。かすかな音をたてながら。決して割れた大きな音なんて響かせたくなかったんだ。  彼のお母さんにディスクオルゴールを返すと、あの小さな手まわしオルゴールをもらって帰った。  おわり